中小企業の経営現場では、「仕事ができる人」がそのままリーダーや責任者になるケースが少なくありません。実績のある職人、優れた営業、高い技術力を持つエンジニアなど、彼らが部署をまとめる役割を担うことは自然な流れにも見えます。
しかし、実際にはそのような人材が組織を動かす立場になると、思うように成果が出せず、本人も周囲も苦しむことがあります。それはなぜでしょうか?
P.F.ドラッカーは、著書『マネジメント〈中〉』の第30章「マネジメントとは何か」で、専門性とマネジメントの関係について核心を突いた指摘をしています。
専門性と成果をつなぐのがマネジメント
ドラッカー教授は以下の様に言います。
スペシャリストにはマネジメントの人間が必要である。自らの知識と能力を全体の成果に結びつけることこそ、スペシャリストにとって最大の問題である。
P.F.ドラッカー『マネジメント〈中〉』
つまり、どれほど優れた専門能力を持っていても、それが組織全体の成果に貢献していなければ意味がないのです。医師の仕事が1人で完結しないように、技術者も研究者も、他者との協働や調整を必要とします。
ここで重要になるのが、「マネジメント」です。
組織の目標をスペシャリストの用語に翻訳してやり、逆にスペシャリストのアウトプットをその顧客の言葉に翻訳してやることも、マネジメントの仕事である。いい換えると、スペシャリストが自らのアウトプットを他の人の仕事と統合するうえで頼りにすべきものが、マネジメントである。
P.F.ドラッカー『マネジメント〈中〉』
このように、マネジメントは「情報の翻訳者」であり「橋渡し役」です。専門家が他の部門や顧客と連携し、価値ある成果を出すには、マネジメントの助けが必要なのです。
専門職にもマネジメントを学ばせる
しかし中小企業では、マネジメント専門の人材を置けないことが多く、実務と管理の両方を一人の人が担う場面が少なくありません。
ここでありがちなのが、「できる人に任せれば何とかなる」という考え方。しかし、現場で有能な人ほど、自分の専門領域に集中するあまり、全体を見渡す視点を持ちにくい傾向があります。
だからこそ、スペシャリストにも「マネジメントの考え方」を学んでもらうことが不可欠なのです。ドラッカー教授は次のようにも述べています。
スペシャリストが成果をあげるには、マネジメントの助けを必要とする。しかしマネジメントの人間は、スペシャリストの上司ではない。(中略)逆にスペシャリストは、マネジメントの人間の上司となりうるし、上司とならなければならない。教師となり、教育者とならなければならない。自らの属するマネジメントを導き、新しい機会、分野、基準を示すことがスペシャリストの仕事である。
P.F.ドラッカー『マネジメント〈中〉』
この言葉は、私たちに2つの重要な示唆を与えてくれます。
ひとつは、マネジメントとスペシャリストの関係は上下ではないということ。マネジメントの役割は、あくまで組織の成果を最大化するための「調整と統合」であり、スペシャリストに命令する立場ではありません。逆に、スペシャリストは専門知を持つからこそ、その知見を翻訳し、周囲に伝え、他者の理解と協力を得る責任を担っています。つまり、立場の優劣ではなく、目的と機能の違いがあるのです。
もうひとつは、スペシャリストこそがマネジメントをリードすべき場面があるということです。新しい技術や知見がもたらす可能性を最もよく理解しているのは、他ならぬその分野の専門家です。ドラッカーが言う「教育者」としての役割とは、スペシャリストが自らの知識や視野を組織全体に還元し、未来の方向性を示すことであり、それはマネジメント機能の一部でもあります。現代の組織では、知識の保有者がその知識を組織的価値へと転換するために、マネジメントに積極的に関与することが求められているのです。
スペシャリストを孤立させない育成と制度設計
では、実際に中小企業でどのようにこの考えを活かせばよいのでしょうか?
まずは、「マネジメントは役職者のもの」という思い込みを取り払うことが大切です。役職や部署にかかわらず、「成果とは何か」「誰に貢献するのか」「どのように協働するのか」を自問自答できるような問いかけが必要です。
たとえば、以下のような問いを評価や育成の場面に取り入れると効果的です。
- この仕事の成果は誰にとって価値があるか?
- 他部門や顧客とどのように連携しているか?
- 後進に何をどのように教えているか?
加えて、評価制度でも「専門スキル」だけでなく、「協働・教育・翻訳能力」を重視する観点を加えると、スペシャリストが孤立しづらくなります。
専門性とマネジメントの橋を架けるのは経営の責任
ドラッカー教授の言葉を借りれば、マネジメントとは「組織の成果をあげるための働きかけ」です。そしてその働きかけは、誰か一人の責任ではなく、すべての人が担うべきものだとされています。
中小企業においては、スペシャリストがその専門性を活かすためにも、マネジメントと接続される仕組みが必要です。単なる知識の共有ではなく、「組織全体の成果」と結びついた視点を育てていくこと。それこそが、これからの持続可能な経営に欠かせない視点ではないでしょうか。