このコラムは傍楽通信2014年12月号の記事をリライトしたものです
会社員は職業なのか?
「ご職業は何ですか?」
こう聞かれたとき、皆さんはなんと答えますか?
「政治家です」「医者です」「教師です」といった答えが返ってくる一方で、「会社員です」「自営業です」といった答えが多く返ってくるという現実があります。アンケートの職業欄にも「会社員」「自営業」という選択肢があるくらいですから、ある意味では正しいのかもしれません。
しかし、「会社員」や「自営業」という言葉は、本当に「職業」を表しているのでしょうか。
「なること」と「すること」━━就職観のすれ違い
皆さんは今の仕事を選ぶとき、あるいは学校を卒業して初めて就職するとき、「何かをすること」と「何かになること」のどちらに重きを置いていたでしょうか。
会社員か公務員か、銀行員か、あるいは大企業か中小企業か。あるいは新聞記者、デザイナー、エンジニアなど——特に初めて職に就くときは、「何になろうか」という視点で就職先を決めていたのではないでしょうか。
とはいえ、自分がイメージした職業について、その実態を現実的に理解していたかというと、そうではなかったはずです。多くの人が、実際にその職業に就いてみて、イメージとのギャップに悩みます。結局のところ、職に就くことによってどのような社会的身分に自分を置き、どれくらいの給与が得られ、どのような生活水準を送れるか、という点への関心のほうが大きいのが現実です。
もちろん、このこと自体が悪いとは思いません。特に学生のうちは「働く」ということが遠い存在であり、それ以上のことをイメージするのは難しいのも無理はないと言えます。
月給目当ての”職業”━━勝海舟が語ったこと
勝海舟は『氷川清話』の中で、次のように述べています。
ところが今の政党員は、多くは無職業の徒だから、役人にでもならなければ食えないのさ。だからそれは猟官もやるがよいが、しかし中には何の抱負もないくせに、つまり財政なり外交なり自分の主張を実行するために就官を望むのではなくって、何でもいいから月給にありつきさえすればよいというふうな猟官連は、それはみっともない。
これを読むと、当時も今もあまり変わっていないように思えますね。
働くことが見えない社会━━子どもにとっての「ブラックボックス」
学生たちが「働く」ということのイメージを持ちにくい背景には、現代社会の働き方が関係しています。つまり、親の働いている姿が見えないということです。
人が組織で働く以前の社会では、多くの人が個人や家族単位で働いていました。子どもは、親が働く姿を日常的に身近に見て育つのが当たり前だったのです。日々の親の姿を見ることで、「働く」とはどういうことかを肌で感じることができました。
現在でも、自営業の家庭では似たような体験ができるかもしれませんが、多くの家庭では、親は朝に出て夕方に帰ってきます。つまり、親の働く姿が子どもにとって「ブラックボックス化」しているのです。こうした社会で、子どもに「働くこととは何か」をイメージしろと言っても、それはなかなか難しいのです。
「会社員=職業」の誤解とその背景
さて、冒頭に提示した疑問、「会社員は職業なのか?」という点について、もう少し掘り下げてみましょう。
「職業」という言葉を辞書で引くと、「生計を維持するために人が日常的に従事する仕事」とあります。つまり、職業とは仕事そのものを指します。「会社員」とは、あくまで仕事をする形態の一つにすぎません。
そう考えると、「職業は会社員です」という答えは、本来は適切ではないことになります。
職業は何か、という問いに対して「会社員です」と答えてしまう背景には、仕事そのものに対する関心の希薄化があるのかもしれません。これは、仕事が複雑になり組織化されていく中で、一個人としては細分化された単純な作業を繰り返すケースが増えたことも関係しているのではないでしょうか。
こうした働き方は、能率こそ高まるかもしれませんが、全体像が見えず、働きがいを感じにくくなります。
しかし、本来仕事というものは、何らかの形で社会とつながっているものです。これは、どんな仕事であっても程度の差こそあれ、言えることです。
ところが仕事が複雑化した結果として、「自分の仕事が社会とつながっている」という実感を持ちにくくなっているのです。
自分の”仕事”を問い直す━━なるのではなく、する
皆さんも一度、自分の仕事がどのように社会とつながっているのか、イメージしてみてください。
「自分は何者か」「何になりたいのか」という問いは、確かに人生にとって重要なテーマです。しかし、仕事について考えるとき、より現実的で力強い問いは「自分は何をしているのか」「何をしたいのか」ではないでしょうか。
今の自分の仕事が、どんな価値を生み、誰かの役に立っているのか——それを見つけることが、仕事の意味を再発見する第一歩になります。
そして、もしそのつながりが感じられないのであれば、「もっとお客様の声に耳を傾けてみる」「社内で自分の仕事の意義を共有してみる」「社外の人と仕事の話をしてみる」など、小さなアクションを始めてみるのもよいかもしれません。
たとえば、毎日の業務の中で、
- 「この仕事は誰の役に立っているのか?」
- 「この作業の先にある“目的”は何か?」
- 「自分がやっていることの意義を、誰かに一言で説明できるか?」
と問いかけてみることで、自分の働きの延長線上にある“社会”や“誰か”の存在が、徐々に見えてくるようになります。
また、「何をしたいのか」を見つけるために、自分の中にある「違和感」や「やりがいを感じた瞬間」に目を向けることも大切です。忙しい日々の中でも、自分の心が動いた場面を思い出してみてください。そこには、あなたが本当に価値を感じている“何か”が潜んでいるはずです。
「何者かになる」ために仕事をするのではなく、「何をするか」を自分で選び取るために働く。
この視点の転換は、自分のキャリアに対して主体性を持つことにもつながります。
「会社員だから」「このポジションだから」ではなく、「私はこれをやっている」「これをやりたい」という視点で、あらためて仕事を見つめ直してみませんか?
そこから見える景色は、きっと今よりも少しだけ自由で、誇りを持てるものになっているはずです。