「人を育てる」ことは、企業経営において避けて通れないテーマです。特に中小企業にとって、限られた人材をどう活かし、戦力化していくかは経営の根幹にも関わる課題です。
しかし、現場を見ていると、「育てる」という言葉に対して、多くの企業がある共通した誤解を抱えているように感じます。それは、「育てる=弱みを矯正すること」という発想です。
一見まっとうに思えるこの考え方が、実は現場のモチベーションを下げ、組織の力を引き出しきれない原因になっていることがあります。本コラムでは、中小企業が陥りがちな人材育成の誤解を解き、これからの時代に合った「伸ばす育成」への転換を提案します。
弱みを直すことが育成なのか?
育成面談や人事評価の場面でよく耳にする言葉があります。
「報連相が苦手だから、そこを重点的に鍛えよう」
「リーダーシップが足りないから、もっと前に出るよう指導しよう」
「考えて動く力がないから、判断力を伸ばさなければ」
これらは一見、個人の成長を願っての指摘に見えます。しかし、実際にこうしたアプローチが成果に結びついているでしょうか。部下は「ダメなところを突かれた」と感じ、自信を失い、「自分はできていない人間だ」と思い込むきっかけになっていないでしょうか。
もちろん、業務上致命的な欠点があればフォローは必要です。しかし、弱点を「徹底的に直す」ことを育成の主眼に置いてしまうと、どうしても評価や育成が「できないこと探し」になってしまいます。
結果として、本人の強みや意欲が見落とされ、「平均点の人材」は育っても「成果を出せる人材」は育ちません。
強みを伸ばす
人には必ず得意なこと、自然にできることがあります。
たとえば、事務作業が遅くても、お客様との対話で関係構築が抜群にうまい人。細かい指示が苦手でも、方向性を示せば自分で工夫して仕上げてくる人。逆に、自己主張は控えめでも、裏方として全体を整える力に長けた人。
育成の本質は、こうした「自然にできる力」=強みをいかに見つけ、伸ばすかにあります。
米国の人材コンサルティング企業ギャラップ社の調査でも、「自分の強みを活かして働いている社員」は、「そうでない社員」に比べて仕事への熱意や生産性が大きく高まることが示されています。逆に、苦手なことばかりを求められ続けると、人は自信を失い、職場に居場所を見出せなくなっていくのです。
フォローは必要、でも矯正ではない
もちろん、育成において「苦手なことに目を向けない」という極端な姿勢も望ましくはありません。
大切なのは、弱みを矯正するのではなく、フォローするという視点です。
たとえば、社内資料をまとめるのが苦手な営業スタッフに、完璧な報告書作成スキルを求めるのではなく、簡潔にメモでポイントを伝えてもらい、他のメンバーが整えるような体制をとる。
あるいは、接客が苦手な経理スタッフに接客指導を重ねるより、集中して正確に入力業務を進めてもらうことで貢献度を高める。
このように、「苦手は最小限の影響に抑え、得意で成果を出してもらう」という考え方が、限られた人数で成果を出す中小企業にこそフィットするのです。
伸ばす育成を実現するために現場ができること
それでは実際に、強みを伸ばす育成を組織に根付かせるにはどうすればよいのでしょうか。
まずは上司やリーダーが、メンバーの「強み」に目を向ける習慣を持つこと。
普段の会話、業務の様子、成果物の傾向などから、「この人は何にこだわっているか」「何をやっているときに楽しそうか」を観察してみてください。
次に、育成の場(面談やOJT)でのフィードバックも、「強みを言語化する」ことを意識します。
「○○さんは、人の話を引き出すのがうまいよね」
「資料の要点をまとめるスピードがすごい」
「トラブルがあっても落ち着いて対処できてるよね」
このように具体的に伝えることで、本人が自分の強みを自覚し、自信とモチベーションにつながります。
最後に、評価制度や役割分担も、「何ができないか」ではなく「何ができるか」で見る基準を持つことが重要です。
人材に万能を求めるのではなく、「強みの組み合わせでチームを成立させる」という発想を、組織全体で持てるようになると、人の活かし方は大きく変わります。
まとめ:育成の目的は「平均化」ではない
育成の目的は、「すべての人をまんべんなくできるようにする」ことではありません。
むしろ、それぞれの得意分野を活かして、自分らしく成果を出せる状態をつくることです。
中小企業は大企業と違って、人が足りないから何でもやらせるという状況に陥りがちです。
だからこそ、「どこで成果を出してもらうか」を見極める力と、「強みに投資する」判断が問われます。
育てるという言葉に、弱みを直すイメージが根付いてしまっているなら、今日から言い換えてみてください。
伸ばすという視点に立つことで、社員の表情も、組織の可能性も、きっと変わります。