このコラムは傍楽通信2015年6月号の記事をリライトしたものです
私たちは日々、数多くの判断や行動をしていますが、その「理由」を深く考えることは意外と少ないものです。
なぜこの仕事をするのか。
なぜこの行動を選んだのか。
気づけば「上司に言われたから」「決まりだから」といった外側の理由で動いていることが多くあります。
カントは、人間には“他律”と“自律”という二つの側面があると述べました。これは、私たちの働き方・成果・モチベーションに直結する重要な視点です。
もし、同じ行動でも外からの理由ではなく“自分の意思”で選べるようになったら、仕事の質も手応えも大きく変わります。
このコラムでは、日々の仕事をより主体的にするためのヒントとして、この「他律」と「自律」を考えていきます。
他律的な行動とは何か
カントの言う「他律」とは、行動の理由が自分以外の要因や欲求によって決まっている状態を指します。
例えば、日々の仕事を例に取ると、
- 上司に言われたから
- 会社の決まりだから
- お金がもらえるから
といった理由で行動する場合、その行動は他律的と考えられます。
ここでのポイントは、自分以外の存在(上司・会社・報酬・欲望など)が行動の動機になっているということです。
最終的にその行動を決めているのが自分ではないため、そこには明確な責任は発生しにくいと言えます。実際、私たちの多くの行動が他律的であるのかもしれません。
自律的な行動とは何か
一方でカントは、人間には自律的に行動できる側面があると述べました。
自律とは、自分の理性によって妥当だと判断した原則に従って行動することです。
ここでいう自由とは、「何でも好きにできる」という意味ではありません。また「やりたいからやる」も自律ではありません(それは欲望であり他律)。
カントが言う自由とは、外部の命令や欲望に流されず、自分の理性的な判断によって選ぶ自由を指します。
こうして自ら判断して行動した場合、うまくいかなかったときも人はその原因を自分自身に求めます。そこに責任が生まれます。
自律と他律、あなたはどちらが多いか
さて、皆さんは普段どちらの行動が多いでしょうか。また、過去に自律的に行動した経験を思い出してみてください。
その時の感情はどうでしたか?
おそらくやる気に満ち、とてもよい状態だったのではないでしょうか。結果の良し悪しにかかわらず、得るものが大きかったはずです。
ここで大切なのは、全く同じ行動でも、自律的にも他律的にもなり得ることです。
行動のきっかけが他者からであっても、「どう進めるべきか?どう向き合うべきか?」を自分の理性で判断すれば、その行動は自律的になります。
どうせ同じ仕事をするなら、自律的な行動として取り組んでみましょう。そうすることで、成果は何倍にも大きくなります。
内なる声に耳を傾ける
他律的に行動することは、確かに楽です。言われたことをこなせばよく、余計な責任を負わずに済みます。
しかしそこには、喜びや誇りは生まれにくいものです。
人間には本来、自律的な側面があり、自ら考え、選び取る力を持っています。普段は他律的に動いている人でも、「こうした方が良い」「こうすべきだ」「こうしたい」という内なる声が聞こえてくる瞬間があります。
その声に従って、自分の理性的な判断を行い、行動を選択してみましょう。
自由には責任が伴いますが、それでも自分自身にとっても、他者にとっても大きな価値が生まれます。
ぜひ一度、自分自身の内なる声に耳を傾けてみてください。
