このコラムは傍楽通信2015年8月号の記事をリライトしたものです

事例に学ぶ。皆さんも一度はやったことがあるのではないでしょうか。たとえば経営の成功事例を紹介する講演やセミナーなどは世の中にたくさんあります。また、書店に行けばあふれているノウハウ本もある意味、成功事例をまとめたものともいえます。

はたしてこの事例に学ぶという行為はどこまで意味があるのでしょうか。今月はそんなテーマを考えてみたいと思います。

事例がうまくいかない理由

過去に何らかの事例を実際にやってみた方にお聞きします。

それはうまくいきましたか?
その事例と同じく成果をあげることができましたか?

おそらく、自信を持って肯定できる方は少ないのではないでしょうか。経営に行き詰まって他社事例をまねたり、仕事に行き詰まって仕事のできる先輩の事例をまねたりしたとき、同じような成果をあげることができないという現実があります。

これはいったいなぜなのでしょうか。その理由の一つが事例をどうとらえるかということにあります。具体的に言うと、事例を方法論として受け取り、その方法をそのままやってみるとき、十分な成果をあげることができないのです。

「方法」とは何か

では「方法」とはいったいなんでしょう。構造構成主義を体系化した西條剛央氏の『チームの力』(ちくま新書、2015年、106頁)に次のように書かれています。

方法とは「特定の状況において使われる、目的を達成するための手段」と定義される。

西條剛央『チームの力』

つまり、有効な方法は目的と状況の2つの要素において決定されるのです。

ということはある事例で使った方法が有効だったのは、あくまでその会社、あるいはその人の、さらに言うとその時点での目的と状況があったからなのです。その事例を聞いているあなたの目的と状況はその事例と同じでしょうか。全く同じということはあり得ないと言ってもいいと思います。

実はこのことは明確に意識していないまでも誰もが気づいていることです。参考になりそうな事例を探すとき、自分の目的と今の状況が似ている事例を探すかと思います。全く同じということはあり得なくても似ているものを探すことは可能です。しかしそれはあくまで似ているのであって同じではありません。この微妙なずれがその方法の有効性を下げ、事例と同じような成果を生まないといった結果になります。

事例を活かす本当の方法

では事例を聞くことは意味がないのでしょうか。そんなことはありません。

事例を単なる方法論としてとらえずに、この事例でやっているこの方法はいったいどういう意味があるのかといった一歩踏み込んだところまで考えるようにしましょう。この事例はどんな状況からどんな目的に向かおうとしたのか、やろうとしたことの原理は何かを考えるのです。そして、その原理を自分の目的と今の状況に照らし合わせるとどんな方法が有効かを考えます。物事をいったん原理化し、再度自分の方法に落とし込むのです。

どんな状況でもうまくいく方法というものはありません。その一方、原理は応用がきき、かつ古くなりにくいという特徴があります。自分に当てはめて方法を考えるという変換作業は必要になりますが原理を知ることで様々な状況に対応できる可能性が生まれます。同じく『チームの力』(ちくま新書、2015年、111頁)に原理に関して次のように書かれています。

原理とは、言われてみれば当たり前のように感じるものであり、それに沿えば必ずうまくいくというものではないが、それから踏み外したときには確実に失敗するという類のものなのだ。

西條剛央『チームの力』

原理に沿わない方法は失敗します。安易な方法論に走らずに、原理を考える習慣を身につけましょう。