社員のスキルアップが必要だと感じて、研修を受けさせた。DX研修、営業手法の講座、マネジメント研修。それなりに予算もかけた。しかし数カ月経っても、現場では何も変わらない。研修後のアンケートでは満足度も高かったのに、実務では何も変わらない。そんな悩みを抱えている経営者は少なくありません。

国も企業も、リスキリングの重要性を叫んでいます。リスキリングとは、変化する事業環境や業務に対応するために、従業員が新たなスキルを習得し直すことです。デジタル化やAIの活用はもちろん、新市場への対応、業務プロセスの見直し、顧客ニーズの変化への対応など、あらゆる変化に応じたスキルの再教育が求められています。厚生労働省は人材開発支援助成金を通じて中小企業のリスキリングを後押しし、多くの企業が研修プログラムを導入しています。

しかし現実には、リスキリングは掛け声倒れに終わっているケースが目立ちます。研修を実施しても、学んだスキルが現場で使われない。社員のモチベーションが続かない。結局、研修は単発のイベントで終わってしまう。一体なぜなのでしょうか。

問題は、研修の質でも量でもありません。最も根本的な問題は、研修が仕事から切り離されていることにあります。

研修では人は育たない

多くの企業では、リスキリングを研修プログラムの導入として捉えています。外部講師を招いて数日間の講座を開く、eラーニングのプラットフォームを契約する、資格取得を奨励する。これらはどれも、学びの機会を提供するという点では意味があります。しかし、それだけでは人は育ちません。

なぜなら、人が本当にスキルを身につけるのは、実際に使う場面においてだからです。どれだけ丁寧に教わっても、どれだけテキストを読んでも、実務で使わなければ知識は定着しません。逆に言えば、仕事の中で必要に迫られて学んだことは、自然と身につきます。

ある中小企業の社長は、こう語っていました。「うちは毎年、社員に研修を受けさせている。でも現場に戻ると、結局元のやり方に戻ってしまう。社員がやる気がないんじゃないかと思っていたんです」。しかしこれは、社員のせいではありません。研修が仕事と結びついていないことが問題なのです。

仕事と切り離された研修は、どれだけ内容が良くても、単なる知識の提供に終わります。社員は研修を受けている間は理解したつもりになりますが、現場に戻れば日常業務に追われ、学んだことを試す余裕も機会もありません。結果として、研修への投資は成果につながらないまま終わってしまうのです。

学びを仕事に組み込む設計

では、どうすればリスキリングを成果につなげることができるのでしょうか。答えは、学びを仕事の中に組み込むことです。研修を単独のイベントとして実施するのではなく、実務そのものを通じて学べる仕組みをつくるのです。

これは、OJT(On-the-Job Training)の考え方に通じます。しかし従来のOJTは、先輩が後輩に仕事を教えるという属人的な方法に頼りがちでした。リスキリングを成功させるには、もっと意図的に、組織として学びの場を設計する必要があります。

具体的には、次のような視点が重要です。

実務に直結した課題を学びの題材にする

リスキリングの対象となるスキルを、実際の業務課題と結びつけることです。たとえば、デジタルツールの活用を学ばせたいのであれば、まず現場でどの業務を効率化したいのかを明確にします。新規顧客開拓の手法を学ばせたいなら、実際にアプローチしたい市場や顧客層を定めます。品質管理の新しい手法を学ばせたいなら、改善したい具体的な工程を選びます。そして、その業務改善を実現するためのプロジェクトとして、学びと実践を同時に進めるのです。

社員は「学ぶために学ぶ」のではなく、「目の前の課題を解決するために学ぶ」のです。この違いは大きく、後者の場合、学びの動機が明確であり、成果も見えやすくなります。

学んだことを試す機会を必ず用意する

研修を受けたら、すぐにそのスキルを使う場を設けることが重要です。たとえば、データ分析の研修を実施したなら、翌週から実際に自社のデータを使って簡単な分析レポートを作成させる。新しい営業手法を学んだなら、次の商談で実際に試してみる。品質管理の手法を学んだなら、担当工程で小さく実験してみる。

試す機会がなければ、学びは定着しません。逆に、小さくてもいいので実際に使ってみることで、社員は学んだことの意味を体感し、次の学びへの意欲が生まれます。

経営層が学びの目的を明確に示す

リスキリングが単なる研修イベントで終わらないためには、経営層が「なぜ今このスキルが必要なのか」を明確に伝えることが欠かせません。社員にとって、学びの先に自分のキャリアや会社の成長が見えれば、学ぶ意欲は高まります。

実際に成果を上げている企業を見れば、このことは明らかです。たとえば米通信大手のAT&Tは、2013年から「ワークフォース2020」というリスキリングプログラムを開始し、年間10億ドル以上を投じて10万人の社員を再教育しました。経営層が将来必要なスキルや求人情報を公開し、社員が自律的にキャリア選択できる環境を整備した結果、技術職の欠員の80%以上を社内異動で充足することに成功しています。またソニーグループは、全社員を対象としたAI研修を実施し、事業を超えてエンジニアが学び合う「コミッティ」を設置することで、社員が自律的に学び挑戦できるエコシステムを構築しています。これらの企業に共通するのは、経営層が自ら関与し、学びを経営戦略の一環として位置づけている点です。中小企業でも同じです。社長自身が「この会社はこう変わる。そのためにこのスキルが必要だ」と語ることで、社員の学びは意味を持ちます。

学び合う文化をつくる

リスキリングは個人の努力だけでは続きません。組織として、学んだことを共有し、互いに教え合う文化を育てることが重要です。たとえば、月に一度、社員が学んだことを発表する場を設ける。新しいツールを使ってみた社員が、その使い方を他の社員に教える機会をつくる。

こうした小さな取り組みが積み重なることで、組織全体に学びが浸透していきます。学びは一部の社員の課題ではなく、組織全体の習慣になるのです。

研修は道具であり、目的ではない

リスキリングを成功させるために最も大切なのは、研修を目的にしないことです。研修は、あくまで学びを支援する道具に過ぎません。目的は、社員が実際に新しいスキルを使いこなし、成果を上げることです。

多くの企業では、「研修を実施した」という事実に満足してしまいます。しかし本来問うべきは、「その研修によって、業務は改善されたか」です。

研修を仕事と切り離して実施するのではなく、実務の中で学び、試し、振り返るサイクルを回すこと。これが、リスキリングを成果につなげる唯一の道です。

明日からできる3つのアクション

では、明日からどう動けばよいのでしょうか。次の3つから始めてみてください。

まず、現場の業務課題を一つ選び、その解決を学びの題材にすることです。リスキリングのテーマを決める際、まず「どの業務を改善したいか」を明確にしてください。そして、その改善に必要なスキルを学び、すぐに実践するプロジェクトとして設計します。研修ありきではなく、課題ありきで考えるのです。

弊社で提供している「課題解決型研修」はこの考え方をもとにした研修です。まず、現場の課題を徹底的に洗い出し、優先順位をつけます。そして、その課題を解決するための研修を実施し、実務で活かすというサイクルを回します。

次に、学んだことを試す場を、必ず直後に設けることです。研修を受けさせたら、翌週には小さくてもいいので実際に使う機会をつくってください。実践の場がなければ、学びは無駄になります。試して、失敗して、また学ぶ。このサイクルを回すことが、スキルの定着につながります。

弊社で提供している「マネジメント研修」などは、「知る→気づく→実践する」を重視し、学んで終わりにせず、実務に使うことを意識した内容になっています。

そして、社長自身が、なぜ今このスキルが必要なのかを語ることです。リスキリングを人事や現場に任せきりにせず、経営者として「会社がどこに向かうのか」「そのために何が必要なのか」を伝えてください。社員は、意味のある学びには全力で取り組みます。意味が見えないから、学びが続かないのです。

リスキリングは、研修の導入ではありません。仕事そのものを通じて人を育てる、組織の設計です。その設計を意図的に行うことで、社員は成長し、会社の競争力は高まります。

もちろん、自社だけでこの仕組みを作るのは簡単ではありません。どの業務課題から手をつけるべきか、どんな学びの場を設計すればいいのか、社員をどう巻き込むか。一人で悩む必要はありません。私たちは、中小企業の人材育成を長年支援してきた経験から、御社に合った学びの仕組みづくりをお手伝いできます。まずは現場の課題を一緒に整理することから始めませんか。お気軽にご相談ください。