武蔵野大学ウェルビーイング学部の前野隆司先生がモデレーターを務め、西精工株式会社の西康洋社長が登壇された対談「幸福な組織は成長する」。
テーマは、「人が幸せに働くこと」と「企業の成長」をいかに両立させるか。
幸せ経営の第一人者と実践者による、深く、温かい講演でした。
経営を知らずに経営を始めた日々
西社長が家業を継いだのは27年前。
東京で広告代理店に勤めていた時、いとこの急逝をきっかけに徳島に戻り、西精工に入社しました。経営経験もなく、最初に感じたのは「会社の空気が重い」ということ。
社員はまじめに働いているのに、職場には活気がなく、声をかけても反応が薄い。職場で死亡事故が発生するという衝撃的な出来事もありました。
「このままでは会社が壊れる」と直感した西社長。
まず取り組んだのは、経営戦略でも人事制度でもなく、「挨拶」と「掃除」でした。「おはようございます」「ありがとう」といった言葉を交わし、現場を清潔に整えること。
この基本の積み重ねが、職場の空気を少しずつ変えていきました。
組織を変えたのは「理念の対話」
挨拶と掃除が定着し始めたころ、西社長が次に取り組んだのは理念づくりでした。創業者の思いや経営の原点を、社員全員で再確認することから始めます。
3年間にわたり、社員一人ひとりと「私たちはなぜ働くのか」「どんな会社でありたいか」を対話。
そのやり取りをもとに、西社長は毎朝グループウェアに問いかけを投稿し、その日の夕方までに返ってくる社員からのコメントを全て読みました。その上で、引用や自身の回答を交えながら返信し、月曜日から金曜日まで同じテーマで対話を続けました。
こうした往復書簡のようなやり取りの積み重ねから、200項目に及ぶ「西精工フィロソフィ」が生まれました。
このフィロソフィは、単なるスローガンではなく、「どう生きるか」を示す実践の指針。
社員は毎朝の朝礼でその一項目をテーマに語り合い、自分の言葉で意味を考えます。理念を掲げるのではなく、理念を生かす組織文化がこうして育まれました。
対話でつながる朝礼 ― 誰もがファシリテーターに
西精工の朝礼は、全国から見学者が訪れるほど有名です。
毎朝1時間、20名ほどのグループが立ったまま対話を行います。
その日のテーマをもとに、感じたことや実践例を共有。司会役(ファシリテーター)は毎回交代で、障がいのある社員や新入社員も積極的に務めます。
「誰もが対話をリードできる会社」を目指していると西社長は語ります。
発言の上手さではなく、「人の話を聴く力」「相手を理解しようとする姿勢」が評価される場。社員は互いの言葉を通じて、自分を振り返り、他者を理解する力を育てています。
この対話が、組織の信頼関係を支える「土壌」となっているのです。
「きつくて幸せ」な会社
前野先生が訪問した際、社員の多くが「会社に行きたくてたまらない」と語ったといいます。
調査では、月曜日にワクワクして出社する社員が93%。
メンタル不調による休職者はゼロ。
それでいて、業績も右肩上がりという、全国でも稀有な組織です。
ただし、西社長は「楽だから幸せなのではない」と強調します。社員たちは「きついけれど幸せ」と語ります。
難しい課題に仲間と立ち向かう中で、やりがいと一体感が生まれている。
ここにあるのは、“楽”ではなく“意味”を感じる幸福です。挑戦と支え合いの両立こそが、真のウェルビーイングにつながるのです。
社員一人ひとりの「ミッションステートメント」
西精工では、社員全員が自分の人生の目的――ミッションステートメントを明文化しています。
新入社員は入社後半年かけて、「自分は何のために働くのか」を徹底的に考え抜きます。
その間、上司や先輩と対話を重ね、自分の価値観を言葉にするのです。
完成したミッションステートメントが承認されると、正式に正社員として認められます。現在、約250名の社員全員のミッションが社内に掲示され、互いの“生き方”を知る仕組みになっています。
社員が「自分の人生」を語れる会社。
それは、経営者が「人を人として見る」という信念を貫いてきた証です。このように、一人ひとりの幸せを軸にした経営が、結果として企業の力を高めています。
「幸福経営」と「成果」は両立する
「人を大切にする経営は理想論ではない」と西社長は語ります。
理念や幸せを掲げながらも、西精工は安定した成長を続け、利益率も高い水準を維持。社員の幸福と企業の成果を同時に追求する「幸せ経営」の成功事例となっています。
その要は、“やり方”ではなく“あり方”を磨くこと。
短期的な数字ではなく、長期的な信頼を築く。社員を“コスト”ではなく“仲間”として見る。そうした姿勢が、組織全体に連鎖し、持続的な成長を支えているのです。
経営に活かすヒント(まとめ)
西精工の事例は、「幸福」を単なる福利厚生や感情の問題としてではなく、経営の根幹に据えた実践モデルです。
ここから学べるポイントは次の3つです。
行動を整えることから始める
挨拶や掃除など、誰でもできることを徹底することで、職場の空気が変わります。小さな行動の継続が、信頼と安全を生みます。
理念を対話で育てる
理念は経営者が押しつけるものではなく、共に考え、語り合いながら形成されるものです。社員が自分の言葉で語れる理念こそ、本当に生きた経営理念といえます。
個人のミッションを大切にする
社員一人ひとりが「自分は何のために働くのか」を考えられる環境をつくることで、仕事が人生の延長線となり、主体的な行動が生まれます。
経営とは、利益を出すことだけではありません。
人と人の関係の中に価値を見出し、働くことを通じて幸せを共有すること。
その積み重ねが、結果として強い企業をつくっていくのだと感じます。西精工の実践は、まさに「幸福な組織は成長する」ことを証明しているのです。
