ドラッカー学会創立20周年大会の締めくくりとして行われたパネルディスカッション。

テーマは「真摯さ――未来を拓く理念」。

登壇したのは、ホッピービバレッジ株式会社代表取締役社長・石渡美奈氏、株式会社あなたの幸せが私の幸せ代表取締役社長・栗原志功氏、株式会社サイボク代表取締役会長・笹崎静雄氏、キヤノン電子株式会社代表取締役社長・橋元健氏の4名。

モデレーターは、ドラッカー学会理事の伊坂康志氏が務めました。

このセッションは、単なる経営談義にとどまらず、「真摯さ」と「人間らしさ」を軸に、企業の持続性と経営者の倫理を問う深い時間となりました。

真摯さとは、行動で示されるもの

冒頭、伊坂氏が提示したのは「真摯さとは何か」という問いでした。

それは理念や言葉で説明できるものではなく、行動によってしか見えないものだといいます。

そして「真摯ならざる現実」に直面したとき、経営者はいかに応答するのか――。この問いを軸に、各経営者が自らの経験を語りました。

「世界平和」を理念に掲げる経営

最初に発言した栗原氏は、ユニークな社名を持つ「あなたの幸せが私の幸せ」の代表です。路上販売から始まり、携帯ショップを展開し、現在は介護・障がい福祉事業を全国に広げています。

栗原氏の経営理念は一貫して「世界平和」。

「戦争がない平和ではなく、人の心が平和である状態をつくること」こそ、自身の使命だと語ります。

一方で、理想と現実のギャップにも向き合ってきました。「理想が壮大すぎて現場の社員に伝わらないこともある。でも、それでも理想を語り続けることが経営者の役割」と。

売上重視の経営から「幸福重視」へと大きく舵を切った際には、優秀な営業社員が次々と離職。

一時的に売上は落ちたものの、残った社員と共に再成長を果たした経験を語りました。「やせ我慢だったけれど、理念を守る覚悟が組織を変えた」との言葉に、真摯さとは“信念を貫く勇気”であることが伝わります。

「本物をつくる」という創業の志

続いて、ホッピービバレッジの石渡氏は、創業家三代目としての視点から語りました。

同社の製品「ホッピー」は、77年前に祖父が創業した時から「本物づくり」を信条としてきました。祖父が残した言葉「お客様に安心して飲んでいただける製品をつくる」が今も社是の根幹にあります。

石渡氏は、「真摯さとは、創業者の志に立ち返ること」だと語ります。日々の生産現場でも「これは祖父の想いに照らしてどうか?」を問い続けているといいます。

また、人材育成においても「人柄の良い社長のもとに、人柄の良い社員が集まる」との信念を貫き、社員教育の中心に人柄を磨くことを据えています。

真摯さとは、技術や成果ではなく、「人としての在り方」を問い直すことでもあるのです。

「良い負け方」「良い赤字」から学ぶ

笹崎氏(株式会社サイボク会長)は、養豚業を中心に食の生産を担う実業家です。

新型コロナ禍で事業が厳しくなった際、社員から「経費を削減しなければ赤字になる」と進言を受けました。しかし、彼が選んだのは「人材への投資を削らない」という決断でした。

「赤字は悪ではない。良い赤字もある」と語る佐々木氏。

研修費や教育費を削るのではなく、「人を育てるためにこそお金を使う」と徹底しているそうです。「会社が潰れても構わない、自分の給料を差し出してでも人に投資する」と宣言し、社員を奮い立たせたといいます。

その結果、3年後には業績が回復。

「良い負け方ができる経営者こそ、真摯な経営者である」という言葉に、長寿企業の哲学が滲みました。

「謙虚さ」と「忠恕」が経営の根

橋元氏(キャノン電子社長)は、「真摯さの原点は“忠恕(ちゅうじょ)”にある」と語りました。それは「真心をもって人に尽くす」という意味の、論語に由来する言葉です。

経営の現場では「相手の立場に立って考える」「約束を守る」「謙虚である」という三原則を徹底。「どんなに有能でも、ルールを守れない社員は登用しない」という厳格な姿勢も示しました。

また、人材育成については「幹部の最大の仕事は人を育てること」と明言。

成果よりも“人を活かす”ことを最優先に掲げ、ものづくりの現場から宇宙事業まで、社員の挑戦を支え続けています。

橋本氏の語る真摯さは、「信頼を積み重ねる日々の誠実さ」そのものです。

AI時代の「真摯さ」は存在するのか?

議論の後半では、「AIは真摯であり得るか?」という難問が投げかけられました。

栗原氏は、「AIは質問に答えることは得意だが、自ら問いを立てることはできない」と指摘。それこそが、人間だけが持つ“真摯さ”の証だと語りました。

石渡氏も「AIは励ましてくれるけれど、人間のようにみずみずしい感情を持ってはいない」と述べ、橋元氏は「AIには“確からしさ”があっても“確信”はない」と補足しました。

一方で佐々木氏は、「AIには謙虚さがない」と断言。

「人間が自然を理解しているのはせいぜい3%。AIは人間の知識の範囲でしか答えを出せない」と述べ、自然の前では人間もまた“学ぶ存在”であることを強調しました。

AIが進化する時代にあっても、「自分を疑う」「沈黙に耐える」「謙虚である」という真摯な姿勢は、人間の特権であり続ける――。

この対話からはそんな確信がにじみます。

長寿企業の哲学 ― 「真摯である日々」が未来をつくる

ディスカッションの最後、石渡氏が紹介したのは、老舗和菓子店・虎屋の先代社長から贈られた言葉です。

「100年先を語るのではなく、今日を真摯に生きること。その積み重ねが200年後を導く」。

この言葉に、会場全体が静まり返りました。

「真摯さとは、今を誠実に生きること」――。

その積み重ねが、やがて後世から見て“真摯だった”と評価される。経営とは、まさにその時間の連なりであることを、登壇者全員が体現していました。

経営に活かすヒント(まとめ)

このディスカッションから得られる教訓は、どの中小企業にも共通します。

理念を掲げ続ける勇気を持つ

理想と現実のギャップに苦しむときこそ、経営者の真摯さが問われます。栗原氏のように「幸福」を貫く姿勢は、短期的な損得を超えた信頼を生みます。

人柄を経営資源とする

石渡氏の言葉にあるように、商品やサービスの背後には「人柄」が現れます。人柄の良い社長のもとに、人柄の良い社員が集まり、良い文化が生まれるのです。

人材にこそ投資する

笹崎が語った「良い赤字」は、人を育てるための赤字。教育費はコストではなく、未来への投資です。

謙虚さを忘れない

橋元氏が示した「忠恕」の精神。相手の立場で考え、約束を守る日々の積み重ねが、信頼をつくります。

経営の真摯さとは、派手なスローガンではなく、一日一日の誠実な判断と行動の積み重ねです。商品やサービスを引いた残りに現れるのは、経営者と社員の人間性――。そこにこそ、組織の本質が宿るのだと感じます。