「何か意見はありますか?」

そう問いかけても、会議室には沈黙だけが流れる。ようやく誰かが口を開いたと思えば、「いえ、大丈夫です」「特にありません」。そんな場面に、心当たりはないでしょうか。

上司としては「遠慮しなくていい」「率直に意見を言ってほしい」と思っている。ところが、いくら言葉でそう伝えても、実際には部下が発言をためらう。

この「意見を言わない職場」には、明確な理由があります。

それは、安心して意見を言うことができないという感覚が、職場に根づいているからです。


何気ない表情や言葉のトーン、会議での反応の仕方――。そうした小さな要素が積み重なり、「ここでは本音を言わないほうが安全だ」と人が判断してしまうのです。

この状態を心理学では「心理的安全性が低い」と言います。つまり、人が安心して意見を出せるかどうかは、能力や性格ではなく、環境がつくる空気の問題なのです。

本コラムでは、「なぜ意見が出ないのか」を行動の仕組みから読み解き、上司の何気ない言葉や態度が、部下の行動をどう変えてしまうのかを明らかにします。

そして、意見を言える職場を育てるために、上司が今日から実践できる3つの工夫を紹介していきます。

意見が出ない職場の構造 ― 行動の結果が沈黙を強化する

これまでのコラムでもたびたび触れてきたように、人の行動は「性格」ではなく環境と結果の積み重ねによってつくられます。これは応用行動分析学(ABA)の基本原理で、行動はきっかけ→行動→結果の流れで説明できます。

では、この原理を「意見を言う・言わない」という行動に当てはめてみましょう。

上司が「どう思う?」「意見を聞かせて」と声をかけるのが“きっかけ”。部下が実際に発言するのが“行動”。そして、その発言に対して上司や周囲がどう反応するかが“結果”です。

もし意見を言ったあとに「それは違う」「もっと考えてから話して」など否定的な反応が返ってくると、その部下の中では「意見を言う=嫌な気持ちになる」という学習が起こります。すると次第に、発言しないほうが安全という行動パターンが強化されていくのです。

逆に、上司が「なるほど、そう考えたんだね」「いい視点だね」と受け止める反応をすれば、意見を言うこと自体が心地よい結果として記憶されます。このとき部下の脳は、「発言する=認められる・評価される」と学習し、今後も積極的に意見を出すようになります。

つまり、意見を言うかどうかは、個人の意欲ではなく、職場で繰り返されてきた結果の積み重ねなのです。発言を奨励する言葉よりも、その後の上司のリアクションが行動を決定づける。沈黙を責める前に、まず「発言の結果がどう返ってきたか」を見直す必要があります。

上司のひと言、表情、沈黙。それらが知らず知らずのうちに、部下の行動の結果をつくり出しています。つまり、上司は意図せずして、意見を言わない環境を強化してしまっていることがあるのです。

では、そうした「無意識の言動」が心理的安全性を壊してしまう3つのパターンを取り上げ、どんな言葉や反応が部下の行動を止めてしまうのかを具体的に見ていきましょう。

上司が無意識に心理的安全性を壊してしまう3つのパターン

「意見を言わない職場」は、必ずしも上司が威圧的であるとは限りません。むしろ多くの場合、上司自身は「話しやすい雰囲気をつくっている」と思っているものです。

それでも部下が口を閉ざすのは、上司の何気ない言葉や反応が、無意識のうちに“危険信号”として受け取られているからです。

ここでは、心理的安全性を壊してしまう代表的な3つのパターンを見ていきます。

否定から入る

「それは違うと思う」「いや、そうじゃないんだよ」

上司としては議論を深める意図であっても、冒頭で否定から入ると、部下は自分の意見は受け入れられないと感じます。その瞬間に、次の発言へのブレーキがかかるのです。

意見をもらったときに大切なのは、まず受け止める姿勢を示すことです。

「なるほど、そういう考え方もあるね」と一度受け止めてから、必要であれば自分の意見を補足する。このわずかな順序の違いが、発言意欲を左右します。

表情や沈黙が圧を生む

心理的安全性は、言葉だけでなく非言語の反応によっても簡単に崩れます。

上司が腕を組んで黙り込む、険しい顔で画面を見る――。それだけで部下は「怒っているのかもしれない」「まずいことを言ったかも」と感じてしまいます。

本人に悪意がなくても、反応のない沈黙や無表情は、“否定された”という印象を与えやすいものです。

特にリモート会議では、画面越しにわずかな反応の違いが誤解を生みやすいため、うなずく・笑顔を見せる・相づちを返すといった小さなリアクションが大切です。

過去の失敗を持ち出す

「前にも同じこと言ってたよね」「あのときもうまくいかなかったじゃないか」

こうした言葉は、本人の反省を促すつもりでも、発言するほど責められるという印象を残します。失敗を蒸し返される経験が続くと、人は防衛的になり、挑戦や意見を避けるようになります。

過去を振り返るときは、責めるのではなく、学びを共有する視点を持つことが大切です。

「前回の経験を活かすとしたら、どんな工夫ができるだろう?」と、未来に焦点を当てることで、発言がポジティブな行動として定着していきます。

心理的安全性は、特別な制度や研修で生まれるものではありません。上司の何気ない言葉、表情、態度といった日常の積み重ねによって、静かに形づくられます。

次は、部下が安心して意見を言えるようにするために、上司が実践できる3つの工夫を紹介します。

意見を言える職場を育てる3つの工夫

心理的安全性を高めるためには、上司が部下の意見をどう受け止め、どんな反応を返すかが重要です。つまり、部下の行動を変えようとする前に、まずは上司の関わり方を変えることが出発点になります。ここでは、意見を言える職場を育てるために、上司が今日から実践できる3つの工夫を紹介します。

意見を出す前に「考える時間」を与える

会議などで「どう思う?」と突然聞かれても、すぐに発言できる人は限られます。意見を言わないのではなく、整理する時間が足りないだけということも多いのです。

そのため、問いを投げかけてから少し間を置いたり、「一度考えて、後で聞かせて」と伝えたりするだけで、発言の数は増えます。

また、意見を出す前に「どんな視点で考えてほしいか」を共有することで、部下は安心して自分の考えを整理できます。

問いの設計と間の取り方が、発言しやすい空気をつくります。

意見を受け止めてから対話する

意見をもらったときに大切なのは、評価ではなく理解を示すことです。

すぐに「それは違う」「うちはこうしている」と返してしまうと、意見の交換が正解探しになってしまいます。まずは「そういう考え方もあるんだね」「なるほど、そう見たのか」と受け止めてから、対話を重ねましょう。

意見を言うこと自体をポジティブな経験にすることが、次の発言を生みます。

行動の原理で言えば、意見を言った結果が“認められた”という心地よい体験になるように設計することがポイントです。

小さな発言を拾って感謝を伝える

心理的安全性は、「発言の内容」ではなく、「発言しても大丈夫だった」という経験の積み重ねで高まります。たとえ短い一言でも、「ありがとう」「気づいてくれて助かった」と返すだけで、発言行動は強化されます。このような小さなフィードバックが、職場全体の空気を変えていきます。

反対に、意見が出たのにスルーされる、反応がないといった経験が続くと、「言っても意味がない」という学習が起こります。

そのため、上司がどんな小さな声にも反応する姿勢を持つことが、最も効果的な心理的安全性の醸成方法です。

意見を言える職場とは、特別な人材が集まっている職場ではありません。意見を言っても大丈夫だという経験が、日々繰り返されている職場です。上司の一つ一つの反応が、その経験を支える環境になります。

では、心理的安全性の高い組織がなぜ強いのか、そしてそれが組織の成果や成長にどうつながるのかを整理していきましょう。

心理的安全性の高い組織はなぜ強いのか

心理的安全性という言葉は、単に「仲が良い職場」や「雰囲気が和やか」という意味ではありません。むしろ、立場や考え方が違っても、安心して意見を交わせる状態を指します。つまり、安心して衝突できる組織こそが心理的安全性の高い組織なのです。

心理的安全性が高い職場では、ミスや課題が早期に共有されます。誰かが「うまくいっていない」「この方法では難しい」と声を上げても、責められないという確信があるためです。

結果として、トラブルの早期発見、改善スピードの向上、そしてチーム全体の学習力向上につながります。

一方で、心理的安全性が低い職場では、情報が上がらず、現場が沈黙するという現象が起こります。失敗を恐れて報告を遅らせる、指摘を避ける、違和感を感じても黙ってしまう。

こうした小さな“沈黙”が積み重なることで、問題は見えにくくなり、組織の反応力が鈍化していきます。

また、心理的安全性は単に発言の量を増やすものではありません。

意見を交わす過程で、互いの考えを理解し合う力が高まり、チームとしての意思決定の質が上がるのです。上司が一方的に指示を出すよりも、多様な視点から考えることで、結果的により良い判断が生まれます。

心理的安全性の高い組織は、成果だけでなく人の成長も促します。

「言っても大丈夫」という経験は、やがて「考えて提案してみよう」「自分で動いてみよう」という前向きな行動へとつながるからです。つまり、心理的安全性は、自律的な人材を育てる土台でもあります。

心理的安全性は、スローガンではなく日々の実践の積み重ねでしか築けません。

まとめ―安心して意見を言える職場は、上司の関わり方でつくられる

意見を言わない社員が多いとき、私たちはつい「主体性が足りない」「もっと発言してほしい」と感じてしまいます。しかし、行動の原理で考えれば、意見が出ないのは“出せない環境”がつくられているからです。部下の沈黙は、上司の言葉や反応の積み重ねによって形づくられた行動の結果でもあります。

心理的安全性のある職場とは、何を言っても許される場所ではなく、意見を言ったあとに安心できる場所です。上司のひと言、うなずき、表情。その一つひとつが、部下の行動を強化したり、抑制したりしています。

大切なのは、「意見を出すように促す」よりも、「意見を出しても大丈夫だと感じられる経験を積ませる」こと。小さな発言を拾い、感謝を伝え、違う意見にも耳を傾ける。そうした日々のやり取りが、やがて職場全体の空気を変えていきます。

明日からできる小さな一歩として、こんな工夫があります。

  • 意見を求めたあと、すぐに自分の答えを言わない
  • どんな意見にも「ありがとう」から始める
  • 部下の表情を見ながら、安心して話せる間をつくる

これらはすぐに実践できる行動ですが、効果は大きいものです。上司の小さな行動が、部下の「話しても大丈夫」という経験を生み、発言の連鎖を起こします。

心理的安全性は、仕組みではなく関係性の中で育つもの。上司の言葉が、その最初の一歩をつくります。

「うちの職場も、意見が出にくい雰囲気かもしれない」

そう感じた方は、ぜひお気軽にご相談ください。日々の何気ないやり取りを見直すだけで、チームの空気も成果も変わっていきます。現場の状況に合わせた改善のヒントを、一緒に考えていきましょう。