「成果に応じたインセンティブを導入しても、思うように社員が動かない」
「目標達成のご褒美を提示しても、かえって空回りしてしまった」
このような悩みを抱える中小企業経営者・人事担当者は少なくありません。働く人に報いる方法として、金銭的報酬は確かにわかりやすく、即効性もあります。しかし、それだけでは人は長期的・内発的には動かない――そう指摘したのがP.F.ドラッカーです。
報酬だけでは人は動かない
ドラッカー教授は『現代の経営〈下〉』第23章「最高の仕事への動機づけ」において、次のように述べています。
金銭的な報奨についての満足は、積極的な動機づけとしては十分ではない。金銭的な報奨が動機づけとなるのは、他の要因によって、働く人が責任を持つ用意ができているときだけである。このことは、仕事量にリンクさせた賃金制度についての経験からも明かである。そのような制度が望ましい結果をもたらすのは、働く人がよりよい仕事をする気持ちになっているときだけである。さもなければ効果はなく無視される。
P.F.ドラッカー『現代の経営〈下〉』
このように、金銭的報酬は「責任を果たしたい」という内面的な意欲が伴って初めて、意味を持つものだというのです。
金銭的報酬の限界とその誤解
実際、多くの企業で「成果に対して報酬を連動させる」制度を導入しています。売上達成時のインセンティブや、KPI達成率に応じた賞与などはその典型です。
しかし、ドラッカーが指摘するように、報酬がモチベーションとなるのは、本人が「自分の責任としてその組織の成果に貢献しよう」と感じている場合に限ります。
例えばある中小企業で、営業職の歩合給を強化したところ、達成意欲が強まった社員がいた一方で、「どうせ評価されない」「自分だけ頑張っても意味がない」と感じた社員は逆にやる気を失い、離職につながったという事例もあります。
つまり、報酬制度は人によって受け止め方が異なるのです。大切なのは、「なぜそれをやるのか」「誰のための仕事なのか」という動機を、働く人が自分自身のものとして捉えているかどうかです。その根本には、“責任”という概念が横たわっています。
ドラッカーが重視する「責任」とは何か
ここで言う「責任」とは、日本語で一般的に使われる“負うべき義務”や“叱責される対象”といったニュアンスとは異なります。ドラッカーの語るResponsibilityとは、「信頼に応えること」「期待に応えること」「主体的に成果を出すこと」です。
たとえば、「あなたに任せたい」と言われた仕事を、自分の力でやり遂げようとする気持ち。そこには、「期待に応えたい」「自分の力を発揮したい」というポジティブな動機が働きます。
このようなResponsibilityは、「負担」ではなく「権限と信頼が与えられている状態」であり、人が最も力を発揮する源となるものです。ドラッカーは、モチベーションの源泉として金銭ではなく、この“責任”の感覚を何より重視しました。
責任をもたせる4つの方法
では、どうすれば人にResponsibilityをもたせることができるのでしょうか。ドラッカーは次のように整理しています。
仕事で責任をもたせる方法は四つある。人の正しい配置、仕事の高い基準、自己管理に必要な情報、そしてマネジメント的視点をもたせる機会である。
P.F.ドラッカー『現代の経営〈下〉』
以下、それぞれの要素について中小企業の実務に即して解説します。
① 人の正しい配置(適材適所)
どんなに能力があっても、本人に合わない業務を任せていては責任感は育ちません。重要なのは、「強みを活かせる場」に配置すること。たとえば、几帳面でコツコツ型の社員を短期勝負の営業に置けば、自信をなくしてしまうかもしれません。逆に、企画力に富む社員を商品開発にアサインすれば、自然と責任感と成果が生まれます。
② 高い基準の設定
基準が曖昧だと、人は何を目指していいかわからなくなります。「これくらいでいいだろう」と流されがちになります。また低い基準や無難な基準は、その基準を簡単にクリアする優秀な社員をだめにします。高い基準を設定し、たとえすぐには達成できずともそこに挑戦する風土を醸成する必要があります。
③ 自己管理に必要な情報
責任ある行動には、自ら判断する材料が必要です。たとえば、目標数値や顧客の声、売上状況などをリアルタイムで把握できる環境が整っていれば、社員は自律的に動きやすくなります。逆に、情報が与えられないと「判断は上司の仕事」となり、責任感も育ちません。
加えて、自信の仕事の結果を知ることが責任につながります。自分のやったことが組織の成果にどのように影響したのか、顧客にどのように喜ばれたのか、あるいは社内の他のメンバーにどのように役立ったのかなど、結果をフィードバックする必要があります。
④ マネジメント的視点をもたせる機会
自分の業務だけでなく、「この仕事が全体にどう影響しているのか」という視点を持てると、人は組織全体を意識するようになります。これはリーダー職に限らず、一般社員にも必要です。たとえば、会議への参加や、後輩の育成機会を設けるだけでも、マネジメントの視点が芽生えます。
合わせて、職場コミュニティを活用することでマネジメント的視点をもたせることが可能です。職場コミュニティとは、本業とは直接関係の無い社内の活動、例えば懇親のためのBBQ、社員食堂の改善などです。
結語:責任を委ねることで、人は育つ
多くの企業が「モチベーションが上がらない」「もっと主体的に動いてほしい」と感じています。しかし、その裏には、「責任を委ねていない」あるいは「責任を誤って押し付けてしまっている」構造があるのかもしれません。
責任とは、誰かを追い詰めるものではなく、「あなたに期待している」というメッセージでもあります。そして人は、信頼され、期待されることで、自らを奮い立たせる生き物です。
報酬制度や評価制度を工夫することも大切ですが、もっと根本的な動機づけの方法として、「責任を与えること」「責任を引き受けられる環境を整えること」に目を向けることが、ドラッカー教授の提言から得られる最も実践的な示唆です。
中小企業だからこそ、1人ひとりに与える責任の重みと、それに伴う信頼と権限の設計が、組織の成果に直結します。報酬より先に、まず“責任”を与えてみる――そこから本当のマネジメントが始まるのではないでしょうか。