「頑張っているのに評価されない」
「改善しているつもりなのに成果につながらない」
「忙しいのに、なぜか会社の数字は伸びていない」
こうした声は、中小企業の職場でよく耳にします。その背景にあるのは、多くの場合何を測るかが決まっていないという問題です。
たとえば営業会議で、「売上を上げよう」と声をかけるだけでは不十分です。売上を上げるために、何を測定するのか――訪問件数なのか、提案件数なのか、成約率なのか――を明らかにしなければ、具体的な行動に結びつきません。
同じことは製造現場やサービス業にも当てはまります。製造現場なら「残業が多い」ことは測っていても、「不良率」や「一人あたりの生産性」を測らなければ改善は難しい。接客業なら「笑顔を心がけよう」と言っても、顧客満足度を測らなければ意味がない。
測定がなければ努力は散らばり、改善は感覚任せになってしまうのです。
管理手段とは何か?
先ほど触れた「何をどう測るか」を定める仕組みのことを、P.F.ドラッカーは「管理手段」と表現しました。少し抽象的な言葉ですが、その本質を理解することが、日常業務に測定を取り入れる第一歩となります。
では「管理手段」とは何でしょうか。言葉としては少し抽象的ですが、ドラッカー教授は次のように述べています。
管理手段はあくまでも目的に対する手段であり、目的は方向づけにある。
P.F.ドラッカー『マネジメント〈中〉』
管理手段を用いた方向づけは、一人ひとりの人間の動機づけにつながらなければならない。
つまり管理手段とは、目的に向かって組織を進めるために「何を測るか」を決める仕組みです。そして、その測定を通じて一人ひとりのやる気や行動が方向づけられていなければ意味がありません。
たとえば、営業担当に「訪問件数」を管理手段として与えた場合、訪問という具体的な行動につながるでしょう。それ自体はもちろん良いことなのですが、件数をこなすことだけが目的になり、顧客との関係構築がおろそかになる可能性があります。逆に「成約率」を管理手段とすれば、顧客理解や提案内容の質に意識が向くでしょう。
何を測るかによって、人の行動や意識が変わるのです。これが管理手段の本質であり、単なる数字の管理とは違う点です。
管理手段の3つの特徴
ドラッカー教授は、管理手段には3つの重要な特徴があると指摘します。
① 客観的・中立的ではない
「数字は客観的だ」と思われがちですが、実際にはどの数字を測るかを選んだ時点で、すでに価値判断が入っているのです。
売上を測るのか、利益を測るのか、顧客満足度を測るのかによって、現場の行動は大きく変わります。管理手段は決して中立ではなく、経営の意思そのものを反映しています。データをとること自体が、そのデータが重視されたということを示します。
加えて、データをとる人自身も変えます。データを取ったからといって必ずしも大きな成果が得られるとはかぎりませんが、データをとるという行為を通して、様々なことに気づきます。
② 成果に焦点を合わせる必要がある
あらゆる組織が、社会、経済、人間に貢献するために存在します。そして当然、成果は組織の外にあります。
「作業量」や「忙しさ」を測っても成果にはつながりません。組織の内部にあるのはコストのみです。組織の内部に比べ、成果の現れる外の世界は把握しにくいものです。しかしそれでも、把握すべきは外の世界です。
管理手段は、必ず成果に直結する指標でなければならないのです。
③ 定量化できないものも必要
数字にできるものだけが重要ではありません。ただし数値にできるものはいずれも過去の経済的な成果にかかわるものです。
しかし、顧客からの信頼、人材育成といったものも、成果に直結します。定性的な評価や観察もまた、立派な管理手段です。むしろ中小企業の現場では、この「数値化できない部分」こそが成果に影響することも少なくありません。
管理手段の7つの条件への接続
では、良い管理手段を設計するにはどうすればいいのか。その具体的な答えが「管理手段の7つの条件」です。
管理手段の7つの条件に関しては以下の記事で一度取り上げています。
ここでは詳細を繰り返しませんが今回の「3つの特徴」との関係で言えばこう整理できます。
- 特徴=管理手段の本質的な性格
(中立ではない、成果に焦点を当てる、定量化できないものも含む) - 条件=その性格を踏まえ、実務で使えるようにするチェックリスト
つまり「特徴」を理解しておかないと、「条件」を形だけ満たしても意味がない。両者を合わせて考えることで、管理手段ははじめて実効性を持つのです。
測定が組織を変える
では、これを中小企業の現場でどう活かすか。ポイントは「測ること=評価すること」ではなく、「測ること=方向を示すこと」だと捉えることです。
たとえば――
- 営業:訪問件数ではなく「提案から成約につながった比率」を測る
- 製造:残業時間ではなく「不良率」や「生産性」を測る
- 接客:レジ処理スピードだけでなく「顧客アンケートでの満足度」を測る
さらに、数字にできない部分についても意識します。
- チームワーク:メンバー同士の助け合い度合いを定期的にヒアリングする
- 顧客との信頼関係:リピート率や紹介件数で間接的に把握する
- 従業員のモラル:定期的なアンケートや1on1で確認する
こうした測定を導入すると、「頑張っているのに報われない」という不満が減り、社員のやる気にもつながります。
まとめ
管理手段は、人を縛るための数字の羅列ではありません。「測ること」は、「どこへ向かうか」を示すことです。
そしてその方向づけは、一人ひとりの動機づけにつながらなければ意味がありません。数字をただ追いかけるのではなく、成果に直結し、個人のやる気を引き出すものを測る――これが管理手段の本質です。
中小企業こそ、日々の業務に「何をどう測るか」という視点を取り入れることが、組織の成長と持続的な成果につながるのです。