「リーダーシップ」という言葉を聞くと、どんなイメージを思い浮かべるでしょうか。
決断力がある人、強いリーダーシップでチームを引っぱる人、カリスマ的な存在、そうした印象を持つ方も多いかもしれません。
しかし、P.F.ドラッカーはまったく逆の角度からリーダーを定義しています。ドラッカー教授によれば、リーダーとは人を支配する者ではなく、使命のために仕える者と言えます。リーダーとは「上に立つ人」ではなく、「目的の下に立つ人」なのです。
そしてドラッカー教授は、リーダーとしての基本的な能力を次のように挙げています。
第一に、人のいうことを聞く意欲と姿勢。
第二に、自らの考えを理解してもらうために伝え続ける意志。
第三に、言い訳をせず、結果を引き受ける責任感。
第四に、仕事を自分より上に置く客観性。
これらはどれも、リーダーとしての「テクニック」ではありません。リーダーシップとはスキルではなく姿勢である――その姿勢こそが、組織を導く土台になるのです。
第一の条件:聞く ― “聞く姿勢”こそリーダーシップの出発点
ドラッカー教授は著書『非営利組織の経営』で以下の様に書いています。
リーダーとしての能力の第一が、人のいうことを聞く意欲、能力、姿勢である。聞くことはスキルではなく姿勢である。誰にもできる。しなければならないことは、自分の口を閉ざすことである。
P.F.ドラッカー『非営利組織の経営』
この言葉は、一見あたりまえのようでいて、実際には実践が難しい指摘です。多くのリーダーは「部下を指導する」「方向性を示す」「判断を下す」といった話す側の役割に意識を向けがちです。
しかしドラッカー教授は、リーダーの第一歩を聞くことに置きました。
それは、聞くことが単なる情報収集の手段ではなく、相手を尊重する行為だからです。
人は、自分の意見を本気で聞いてもらったとき、初めて「この人のために働きたい」と感じます。つまり、聞くことはリーダーが信頼を築く最初の行動なのです。
たとえば、ある中小企業での出来事。
営業チームのリーダーが、成績が伸び悩むメンバーに「もっと訪問件数を増やせ」と指示を出していました。しかし、本人は「顧客との会話が続かない」と悩んでいたのです。
リーダーがじっくり話を聞くと、顧客層の変化や製品説明の難しさといった現場の実態が見えてきました。そこから提案内容を見直し、同行営業でフォローした結果、チーム全体の売上が上がったといいます。
このように、聞くことは問題の発見力でもあります。リーダーが耳を傾けなければ、現場の声は上に届かず、改善も起こりません。
聞くことは受け身ではなく、最も能動的なリーダーシップの表現なのです。
そのために必要なのは、高度なスキルではなく、ただ「自分の口を閉ざす」姿勢。これはドラッカー教授らしい、シンプルでいて深い教えです。
第二の条件:伝える ― “理解してもらう”ための努力
ドラッカー教授は、リーダーに求められる第二の条件としてこう書いています。
第二が、コミュニケーションの意志、つまり自らの考えを理解してもらう意欲である。そのためには大変な忍耐を要する。何度も何度もいわなければならない。身をもって示さなければならない。
P.F.ドラッカー『非営利組織の経営』
この一節が示すように、リーダーにとっての「伝える」は、単なる発信ではありません。
相手に理解されるまで伝え続ける意志こそが、コミュニケーションの本質です。
多くの職場で、「言ったのに伝わっていない」「指示したのに動かない」という問題が起こります。
しかし、それはたいてい相手の理解に届いていないというサインです。理解してもらうためには、一度言って終わりではなく、何度も繰り返し、言葉と行動の両方で示す必要があります。
たとえば、ある企業の経営者が、組織のミッションを浸透させようと全社員にメールを送信しました。
ところが数カ月後の会議で、ミッションを覚えている社員はほとんどいませんでした。そこで経営者は方法を変え、朝礼や面談、社内イベントなど、あらゆる場面で理念に触れるようにしました。
加えて、評価制度にミッションに関する行動を盛り込みました。
半年後、社員の口から理念が自然に出るようになり、社内の雰囲気も変わったといいます。
このように、伝えるとは「繰り返し、形を変えて伝え続けること」です。
ドラッカー教授は、「身をもって示さなければならない」とも言いました。言葉だけではなく、日々の態度や判断が、最も説得力のあるメッセージになるということです。
リーダーが「伝えたつもり」で止まると、組織にはズレが生じます。逆に、何度でも伝えようとする姿勢があれば、メンバーは安心して方向を理解できます。
伝えるとは、相手に届くまで責任を持つこと――それが、リーダーに求められる第二の条件です。
第三の条件:責任を引き受ける ― 言い訳をしない
ドラッカー教授は、リーダーに求められる第三の条件としてこう書いています。
第三が、言い訳をしないことである。思ったようにいっていない、間違った、やり直そうといえなければならない。仕事は、できたかできなかったかである。まあまあですまそうとしてはならない。本気で取り組みからこそ、プライドも生まれる。
P.F.ドラッカー『非営利組織の経営』
この言葉には、リーダーシップの核心が込められています。リーダーとは、結果に責任を持つ存在であるということです。
結果が出なかったとき、人はつい言い訳をしたくなります。
「環境が悪かった」「部下が動かなかった」「予算が足りなかった」――。しかしドラッカー教授は、それでは信頼は生まれないと言います。
リーダーは、他人や状況のせいにせず、自分の判断と行動を引き受ける姿勢が求められるのです。
たとえば、あるプロジェクトで納期に間に合わなかったとき。
上司が「お客様の要望変更が多かったから仕方ない」と言ってしまえば何の発展性もありません。
一方で、「見通しが甘かった。次は余裕を持った計画を立てよう」とリーダーが言えば、チームは前を向きます。
責任を引き受ける姿勢は、失敗を前進の力に変えるのです。
また、ドラッカー教授は「まあまあですまそうとしてはならない」とも警告しています。これは、妥協の常態化を戒める言葉です。「まあまあできた」という曖昧な基準は、組織の成長を止めます。
できたか、できなかったか――結果を明確にし、やり直す勇気を持つこと。
それがリーダーに求められる誠実さであり、信頼の礎となります。
リーダーが責任を果たすことから逃げると、チーム全体に「逃げてもいい」という空気が広がります。逆に、リーダーが自らの非を認める姿を見せれば、部下も挑戦を恐れなくなります。
言い訳をしないリーダーの背中が、組織の文化をつくるのです。
第四の条件:仕事を自分より上に置く ― リーダーの客観性
ドラッカー教授は、リーダーに求められる第三の条件としてこう書いています。
第四が、仕事の重要性に比べれば、自分などとるに足りないことを認識することである。リーダーには客観性、一種の分離感が必要である。リーダーたる者は自らを仕事の下に置かなければならない。仕事と自分を一本化してはならない。仕事はリーダー自身よりも重要であって、リーダーとは別個のものである。
P.F.ドラッカー『非営利組織の経営』
この言葉は、リーダーにとって最も厳しく、しかし最も尊い姿勢を示しています。
リーダーとは、自分ではなく「仕事」を主役にする人であるということです。
私たちは往々にして、リーダーの評価を「どれだけ影響力があるか」「どれだけ成果を上げたか」で測ろうとします。しかしドラッカー教授は、リーダーの中心にあるべきものは自己の名誉や地位ではなく、組織の目的だと説きました。
たとえば、ある会社の営業部門の管理職が、部門の売上目標を達成するために強引な受注を進めた結果、後のトラブルで他部署に迷惑をかけたということがあります。
そのとき、もし彼が「自分の部門の数字を守る」ことよりも、「会社全体の信頼を守る」ことを優先していたら、判断は違っていたでしょう。
リーダーは、自分の成果よりも組織全体の使命を優先できるかどうかが問われるのです。
この「分離感」こそが、リーダーの客観性を支える要素です。組織の課題を冷静に見つめるには、感情や立場に縛られない視点が必要です。一歩引いて「仕事の目的」に焦点を当てることで、初めて正しい判断ができます。
また、この姿勢はチームに安心感をもたらします。
リーダーが自分の評価や保身ではなく、「仕事の成功」に徹しているとき、メンバーは「この人は本気で目的に向かっている」と信頼します。
リーダーが仕事に仕えるとき、チームはリーダーに仕えるのです。
ドラッカー教授が述べた「自らを仕事の下に置く」という言葉は、謙遜ではありません。
それは、リーダーが使命に忠実であるという覚悟の表明です。仕事と自分を切り離し、目的に仕える――そこに、リーダーの真の強さがあります。
まとめ:リーダーとは、聞き・伝え・責任をとり・自らを超える人
ドラッカー教授が説いたリーダー像は、華やかなカリスマではありません。
それは、日々の仕事の中で聞き、伝え、責任を引き受け、仕事に仕える人の姿です。
これらの四つの条件――「聞く」「伝える」「責任を引き受ける」「仕事を自分より上に置く」は、どれもスキルではなく姿勢です。
リーダーシップとは、生まれ持った才能ではなく、日々の行動を通じて体現される人格的な力なのです。
現代の職場では、リーダーに多くのスキルや判断力が求められます。しかし、ドラッカー教授の視点に立てば、最も重要なのは「人間としてどうあるか」です。
リーダーのあり方が、組織のあり方を決める。
聞かないリーダーのもとでは声が消え、伝えないリーダーのもとでは目的が曖昧になり、責任を取らないリーダーのもとでは挑戦が止まります。
一方で、聞き、伝え、責任をとり、自らを超えて仕事に仕えるリーダーがいれば、その組織には信頼と一体感が生まれます。人は「命令」に動かされるのではなく、リーダーの姿勢に動かされるのです。
中小企業の現場でも、これら四つの条件は変わりません。
むしろ組織規模が小さいほど、リーダーの姿勢は日々の仕事に直接影響します。
社員が安心して意見を言える風土、目的を共有できるチーム、責任を分かち合える関係、それらはすべて、リーダーの姿勢から始まります。
リーダーとは、上に立つ人ではなく、使命の下に立つ人である。
その姿勢こそが、組織を導き、人を育て、成果を生み出す力となるのです。