
うちには評価制度なんてないし、評価シートも作っていない。評価基準があるとしたら社長の頭の中です。
このような声は少なくありません。「一応、昇給はしているけれど、何をもって評価しているのかは曖昧なまま」というケースも多く見られます。
しかし、評価制度を整えることは、給与査定の仕組みをつくるだけではありません。
評価制度は、社員の行動を導き、組織の方向性をそろえ、育成・定着・業績向上にまでつながる、非常に強力な“経営の道具”です。
本コラムでは、評価制度の整備によって得られる組織としての力・変化について、4つのポイントに整理してご紹介します。
曖昧な評価がもたらす3つの悪影響
評価制度は、本来従業員の望ましい行動を促し、従業員を育てる仕組みです。
しかし、評価項目や基準が曖昧なまま運用されると、その制度はむしろ組織に悪影響を及ぼします。ここでは、よくある3つの弊害を見てみましょう。
上司によって評価がブレる(公平性の欠如)
評価の基準が明文化されていないと、評価はどうしても上司の主観に依存することになります。
ある上司は「積極性」を重視し、別の上司は「慎重さ」を評価する。評価者によって尺度が違えば、同じ仕事をしていても評価に差が出てしまうのは当然です。
このような状況は、現場にどうせ誰が上司かで決まるといった不公平感や諦めを生み出します。公平性を欠いた評価は、社員の信頼を失い、制度全体への不信感につながります。
評価される側が、何を頑張れば評価されるか分からない
評価のものさしが不明確なままでは、評価される社員自身が目指すべき行動や成果を理解できません。
例えば「接客スキル」「責任感」などの項目があるだけでは、「どうすれば高評価になるのか」が分からず、努力の方向性が定まりません。
これは育成の観点でも大きな問題です。上司が成長を促したい行動や姿勢が伝わらないまま、本人の頑張りが空回りすることにもつながります。
昇給・昇格の理由が分からず、不満につながる
評価制度は、昇給や昇格と連動することが多いため、基準が不明確なままでは、なぜ自分は昇給したのか/しなかったのかが分からないという状態が生まれます。
日々の業務でしっかり貢献している社員にとって、評価の根拠が見えない昇給や時給変更は「運任せ」「上司の気まぐれ」に映ることすらあります。
その結果、頑張ってもどうせ評価されない/自分の価値が分からないと感じるようになり、離職や働く意欲の低下を招きます。
このように、評価基準の曖昧さは、育成・公平性・報酬の納得感という3つの重要な要素を損なう要因になります。
では、この状況を脱するために必要な「評価の中身=何をどう評価するのかを明確にする」視点とはどのようなものでしょうか。
「何を評価するか」を決めるとはどういうことか?
評価制度を機能させるうえで避けて通れないのが、「何を、どのように評価するのか」を具体的に定めることです。
しかし、多くの中小企業では、「成果が出ているか」「やる気があるか」といった感覚的な基準にとどまり、評価の中身が言語化されていない状態が見られます。
では、「何を評価するか」を明確にするとは、どういうことでしょうか。以下の3つの視点がヒントになります。
成果だけでなく、行動として表れた能力や姿勢も評価対象にする
売上や作業数といった数値的な「成果」だけを評価対象にすると、どうしても職種や役割によって評価が偏ってしまいます。
たとえばバックオフィス業務やサポート職など、成果が見えにくい業務では、「頑張っても評価されにくい」という不満が生まれます。
そこで、行動として表れた能力や姿勢も評価対象に含めることが重要です。
例としては、以下のような行動項目が考えられます:
- 報連相(報告・連絡・相談)を適切に行っている
- 清掃や整理整頓を自発的に行っている
- 業務改善の提案をしている
- チームでの協力のために情報共有をしている
こうした行動の積み重ねが職場全体の生産性や雰囲気を左右するからこそ、評価項目として明示する意義があります。
ここでのポイントは、「できる」ではなく「している」ということです。「できる」で表現される保有能力ではなく、「している」で表現される発揮能力を評価します。
職種や役割ごとに評価項目を分ける
「全社員共通の評価シート」で一律に判断しようとすると、現場の実態に合わない評価項目が混在してしまいます。
たとえば、接客を担当するスタッフと、調理や在庫管理を担当するスタッフでは、求められる行動も成果も異なります。
そこで、職種や役割ごとに評価項目を設定することで、評価の納得感が高まります。
これは正社員だけでなく、パート・アルバイトでも十分に可能です。むしろ、多様な雇用形態が混在する中小企業ほど、役割に応じた評価設計が求められます。
会社として大切にしている価値観を反映させる
評価制度は、単に個人の成果を数値化するための仕組みではありません。
会社がどんな行動を大切にしているか、何を良しとしているかを示す「価値観の翻訳装置」ともいえます。
たとえば、「チームワークを重視する」「お客様に喜ばれる姿勢を大切にする」といった理念があるなら、それを評価項目として具体化し、現場に落とし込む必要があります。
そうすることで、社員一人ひとりの行動と会社の方向性が一致していきます。
現場に浸透する評価制度のつくり方
評価制度を設計することと、それを現場に定着させることは別の話です。どれだけ正しい制度を設計しても、現場で使われなければ意味がありません。
ここでは、制度が絵に描いた餅にならず、現場で活用されるために必要な3つのポイントを紹介します。
現場の意見を取り入れながらつくる
制度をつくる際、経営側・人事側だけで設計を完結させてしまうと、現場とのズレが生じます。「それは理想だけど、うちの業務には合わない」といった声が後から出てきて、運用が止まってしまうのです。
そこで重要なのが、現場の当事者──管理職やリーダー、ベテラン社員──を巻き込んで制度をつくることです。
たとえば、各職種の代表と意見交換を行いながら、「どんな行動を評価すべきか」を一緒に整理していく。そうすることで、評価項目が実態に即したものとなり、現場にも自分たちの制度という意識が生まれます。
項目はシンプルに、使い続けられる仕組みに
制度が定着しない理由の一つが、評価項目が多すぎる、複雑すぎることです。
人事制度を完璧にしようとするあまり、20項目以上に分かれた評価シートや、5段階以上の細かい基準をつくってしまうことがありますが、それでは多忙な現場で使いこなすことができません。
実際には、評価項目は10〜15項目程度に絞るのが現実的です。
評価の精度よりも、「使い続けられる」「定期的に見直せる」制度であることの方がはるかに重要です。
また、評価結果を昇給や処遇に反映するタイミングも明確にし、制度として動いていることを社員が実感できる設計が必要です。
フィードバックと面談の仕組みを組み込む
制度が現場に根づくためには、評価される側とのコミュニケーションが不可欠です。
「なんとなく評価された」「評価されたけど説明がなかった」という状況では、評価制度への信頼感も育ちません。
そこで、期初に目標設定の面談、期中に進捗状況の確認面談、期末にフィードバック面談というサイクルを制度として組み込みます。
このプロセスがあることで、社員は「何を目指せばよいか」が明確になり、上司との対話を通じて納得感が生まれます。
特に、期中の面談は少なくとも月1回、できれば2週間に1回実施しましょう。多いと思われるかもしれませんが、この頻度がとても重要になります。短時間でも構わないので定期的な対話の機会を設けることが非常に有効です。
このように、「制度をつくる」だけでなく「運用する」「対話する」までをセットで考えることが、評価制度を機能させるための鍵となります。
では、制度の整備によって得られる組織としてのメリットはなんでしょうか。
評価制度を整えることで得られる組織の力
評価制度を見直すことは、単に給与や査定の仕組みを整えるだけではありません。評価制度を整えることは、「どんな組織でありたいか」を明確にし、それを実現する手段を手に入れることでもあります。
ここでは、評価制度の整備によって得られる4つの組織的メリットを整理します。
行動の指針が明確になり、育成の質が上がる
評価項目を明文化することで、社員は「何を求められているのか」「どんな行動を評価されるのか」が明確になります。
これは単に評価されるためという視点だけでなく、自分の成長に必要な力や姿勢を理解することにもつながります。
また、上司にとっても「何を伝えるべきか」が明確になるため、育成の質やフィードバックの具体性が格段に上がります。結果として、属人的な育成から、組織的な育成への転換が可能になります。
公平性・納得感が高まり、組織の信頼関係が強化される
評価の軸が明確になることで、評価者ごとのブレが減り、社員間の見えない不満が軽減されます。
「上司によって評価が違う」「何を頑張ればいいか分からない」といった不信の芽を潰すことができるのです。
また、面談の仕組みを組み合わせることで、評価の背景や意図を直接伝える機会が生まれ、納得感も高まります。こうしたコミュニケーションが、組織全体の信頼の土台となっていきます。
自律的に動ける人が育ち、組織の推進力が増す
評価制度が機能すると、社員一人ひとりが「何を期待されているか」を理解し、自ら考え、動ける状態になります。
これは、「指示待ち」から脱却し、組織としての推進力を生み出す大きな要素です。
また、明確な評価基準があることで、社員は「次のステップ」を意識しやすくなり、キャリア形成やスキルアップに前向きに取り組むようになります。組織にとっても、評価制度は人材戦略を支える“インフラ”なのです。
業績が上がる
評価制度を通して社員の業績向上のつながる望ましい行動を増やすことで、組織全体のパフォーマンスが上がり、業績が向上します。
評価制度と企業の業績に直接的な因果関係は無いという意見も見られますが、評価制度の本質に注目すれば因果関係は明確です。
まとめ
評価制度は、制度そのものが目的ではありません。社員の行動を導き、組織のありたい姿に近づけるための“手段”です。
だからこそ、制度は「社員のためにある」ものであり、使いやすく、わかりやすく、変化に対応できる柔軟さが必要です。
まずは、評価項目を整理することからでも構いません。現場に合った制度を、一緒に育てていくつもりで、今日から見直してみてはいかがでしょうか。